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molnが始まるまで (1)

Diary

20年前の大学3年の春、私はロンドンに旅に出ました。
街から街へと歩きまわり、美術館やショップをのぞいたり、緑豊かな公園で約束のない時間を過ごしたり、自炊し暮らすようにその日々を過ごしました。

音楽やファッションで惹かれ、思い切って訪れた憧れの国は、ただ歩いているだけで幸福感に満ちて、私はロンドンが一日で好きになり、帰国するのが寂しくなるほどでした。そしてひとときの旅行者でなく、もっと深く関わる…たとえば仕事をしにまたこの場所を訪れたいと願いました。

大学を卒業し、就職活動に疲れたわたしは森で暮らしたいとおもいました。
逃避するように、箱根の森で働きはじめました。 山の上の空気は希薄で、人より木々が多く、星空や霧、深い闇の気配と共に暮らしました。
そこには娯楽がないぶん、空想の世界はどこまでも広がりました。
森でできた友人と交換日記をして、物語と詩の交換をはじめました。
日記のなかで、人間はどうぶつになり、きょうの出来事は物語化されました。

交換日記をまとめた《Belle&Natary》という本が出来上がる頃に、現実逃避ぎみだった私たちの心はずいぶん元気になりました。私たちは知らぬ間に、日々心に引っかかる些事に向き合い、それを物語にすることで、砂場に小さな世界をつくるように物語の中に私たちの世界をひとつ作り上げたのかもしれません。

山を下り、完成された本を置いてもらおうと鎌倉のちいさな出版社を訪れました。
そこは出版社なのだけど不思議な雰囲気を宿していて、小さな庭とサンルームにカフェ、室内はイギリスとフランスのアンティークやテディベアが並ぶ雑貨店で、まるでお話のなかに出てきそうな煙突がある素敵な洋館の一軒家でした。
ロンドンのアンティークショップでみた、日本では見たことがない美しいデザインの食器も並んでいます。
私はこんな場所で働きたいな…と願いました。

数日後、《Belle&Natary》の友人がたまたま開いた求人誌に、その会社の求人をみつけました。私は会社名すら知らなかったし、少し前に訪れた店内には、もちろんなんの募集の知らせも書いていません。


奇跡のようなな出来事に、私は半分浮足立ちながら履歴書を書き、夢うつつのままその場所で働くことになりました。やがてロンドンに買い付けにいくようにもなりました。

たとえあなたの願いが無謀なものでも、はたまた人から見たらささやかな願いでも、まだ宝箱に入った純粋な夢の先にある未来の気配を感じられるのはあなただけです。

そしてその宝箱を開ける鍵は、今確かに感じること、恥ずかしくても人とは違くても、あるがままの自分でいることでしかみつけられないんじゃないかな…と思うのです。


いつのまにか身にまとった薄い皮を剥ぐように。身につけるのではなく、脱いでいくように。

このお話の続きは、またこの場所でゆっくりと綴ってゆきます。

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